獣医学部 共同獣医学科(旧所属:農学部)
教授 村上賢二
獣医微生物学
北海道大学大学院獣医学研究院の今内覚教授、岡川朋弘特任助教、国立感染症研究所の斎藤益満主任研究官、株式会社ファスマックの松平崇弘氏らの研究グループは、牛のリンパ腫の発症予測診断技術RAISING*?を改良し、国内の14研究機関における多施設検証試験により本診断技術の精度の高さを証明しました。
牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus:BLV)は日本中の農場で蔓延しており、BLVの感染を原因とする牛伝染性リンパ腫(enzootic bovine leukosis:EBL)の発生が急増しています。EBL発症牛は、と畜検査で全部廃棄となり、食肉として売却できないだけでなく、それまでに費やした膨大な費用や時間が無駄になってしまうため、畜産業に大きな経済的損失をもたらしています。EBL発生を未然に防ぐためには、EBL発症リスクを評価し、高リスク牛の管理?選択的淘汰を行うことが求められます。
本研究グループは先行研究において、プロウイルス挿入部位を網羅的に解析する「RAISING法」を開発し、RAISING法によるBLV感染細胞のクローナリティ*?解析がEBLの鑑別診断法並びに発症予測法として有用であることを示しました。しかし、従来のRAISING法では2種類のDNAポリメラーゼを用いるため、試薬の品質管理や実験手順の煩雑さが課題となり、診断キットとしての実用化が困難でした。そこで、本研究では従来のRAISING法を改良し、1種類のDNAポリメラーゼを使用することで、診断精度を維持しつつも、実験手技を簡便化し、実用性を向上させた「RAISING ver.2」を開発しました。さらに、RAISING ver.2によるクローナリティ解析について、14研究機関における多施設検証試験を実施し、実験間誤差の小ささと再現性の高さを証明しました。今後、本開発技術を用いた「牛のがん検診」を広く普及させることで、農場でのEBL発生を未然に防ぎ、経済的な損失を軽減するとともに、和牛の安定的な生産?供給に貢献することが期待されます。
なお、本研究成果は、2025年3月28日(金)公開のThe Journal of Veterinary Medical Science誌に掲載されました。
牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus: BLV)は、牛のB細胞に感染し、細胞のゲノムにプロウイルスとして組み込まれ、持続感染します。多くの感染牛は無症状ですが、約1~5%の感染牛では潜伏期間を経て感染細胞が腫瘍化し、地方病型牛伝染性リンパ腫(enzootic bovine leukosis: EBL)を発症して、死に至ります。日本ではBLV感染が広がっており、2009?2011年の全国調査では乳牛の40.9%、肉牛の28.7%がBLVに感染していると報告されました。牛伝染性リンパ腫は、家畜伝染病予防法で監視伝染病(家畜の重要疾病)に指定され、発症牛の届出が義務付けられています。2024年には4,423頭の発症が報告されており、1998年(99頭)と比べて44倍以上に増加しています。この発生頭数は、過去17年間にわたって、牛の監視伝染病37種の中で最多となっています(図1)。
現在のところ、BLVに対するワクチンや治療法はなく、農場の衛生管理やウイルス検査、感染牛の隔離?淘汰によって感染拡大防止が試みられています。しかし、日本国内ではEBL発生増加に歯止めがかかっておらず、現状の対策だけでは十分ではないことが浮き彫りになってきています(図2)。一方で、牛肉の価格は世界的な需要の増加と飼育費用の上昇により高騰しています。しかし、と畜検査でリンパ腫と診断された牛は全部廃棄となり、食肉として売却できないだけでなく、それまでに費やした膨大な費用や時間が無駄になってしまうため、畜産業に大きな経済的損失をもたらしています。このため、感染拡大防止策に加えて、EBL発症リスクを評価し、高リスク牛の管理?選択的淘汰を行うことで、EBL発生を未然に防ぐことが求められています。
本研究グループは先行研究において、プロウイルス挿入部位を網羅的に解析する「RAISING法」を開発し、BLV感染細胞のクローナリティ解析に応用しました(図3)(関連するプレスリリース